卒業生の声
イギリスで、日本を知らない自分に出会う
名市大にはさまざまな留学?海外インターンシッププログラムが用意され、参加した学生はヨーロッパやアジアなどの各国で貴重な海外体験をする。その他に、学部の教育内容に即した修学環境を提供する学部限定の海外体験プログラムも数多く用意されている。
2009年入学の清水和紀子さんが本学を選んだ理由の一つが、経済学部?人文社会学部の学生対象のイギリス?クイーンズ大学BISC(国際学習センター)での派遣留学プログラムに参加するためだった。
「昔から世界史、特にヨーロッパの文化が好きで、オープンキャンパスでこのプログラムを知り、入学したら絶対に参加しようと思っていました」
もともとクイーンズ大学はカナダの大学だが、BISC(The Bader International Study Centre)はイギリスのイースト?サセックス州に位置し、中世の古城をそのままキャンパスにしていることでも知られる人気の学校。
留学期間は2年次の9月からの約4カ月間。英語に自信はあったが、クラスメイトはカナダからの留学生が大半で、最初はネイティブスピーカーのスピードについていけない。それでも内容を理解するため、授業が終わるたびに先生のところに質問に行く毎日だった。
そんな日々の中で彼女が困ったのは、周囲の留学生との価値観の違いだった。
「ルームメイトが中国からの留学生で、最初はうまくコミュニケーションがとれず、私に気を遣うような行動があまり見受けられませんでした。気心しれた日本人であれば言葉にしなくても理解しあえたかもしれません。しかしお互いを尊重しあう気持ちで自分の考えをしっかり言葉にして伝えることを続けたら、自然に理解が深まり、毎日の生活も充実したものになりました」
それは授業でも同じ。いくら授業に出ていても、発言しないと欠席扱いになってしまう。それが時には当たり前なのだ。
「ある日、授業中に第一次大戦中の日本について質問されました。でも、私は自分の国のことを満足に答えられませんでした」
もともと日本のことも好きで、日本の文化や歴史にも詳しいと自覚していた清水さん。留学中に日本の華道?茶道や折り紙を紹介するイベントを開催したこともある。それだけに、答えられなかった自分が情けなかった。
「日本に帰ったら、日本のことをもっとしっかり勉強しようと決めました」
それは「日本には日本の良さがある」という単純な話ではない。世界中の人は、それぞれ独自の価値観を持っている。それと同時に、みんなが自分の国の歴史や文化に誇りを持ち、自分の言葉で話せるということを知ったのだ。名市大人文社会学部の教育の柱である「持続可能な開発のための教育(ESD)」的に言えば、「多様性の尊重」への気づきということである。
カンボジアで、情けない自分に出会う
イギリス留学の他にも、彼女は大学時代に多くの海外文化を体験している。1年次にはタイの山岳民族の家でホームステイをしたこともある。大学内で昼休みに開催される、外国人教師とランチをとりながら英会話やゲームなどを楽しむ「イングリッシュトークタイム」には頻繁に顔を出した。サークルはアイセック(海外インターンシップの運営を中心に活動するクラブ)に所属し、たくさんの留学生のサポートをしてきた。海外に行った知人が、数カ月後にひとまわりたくましくなって帰ってくる姿を見て、自分も学生のうちに多くの国を見てみたいと日ごろから思っていた。
その後、アイセックを通じてカンボジアでの海外インターンシップに出発。アンコールワットに近い小さな村で、孤児院の子どもたちに英語を教えるボランティアに参加した。
「それはとても貧しい村でした。でも子どもたちはとても明るくて、かわいくて、たくましくて、みんな良い子ばかりでした」
彼女はそんな子どもたちに自国のことを知って誇りを持ってほしくて、カンボジアの歴史と地理を教材に選んだ。子どもたちもそんな清水さんを慕い、顔を見ると片言の英語で話しかけてくれるようになった。
そして1カ月半が経過。最後の授業の日、彼女は子どもたちに「将来の夢」について話してもらうことにした。
「お医者さん」
「学校の先生」
「国を守る兵隊」
しかし目を輝かせて夢を語る子どもたちの姿を見ているうちに、彼女はいたたまれない気持ちになっていた。
「貧しい村の孤児院で過ごす彼らが夢をかなえるのは、日本で夢を叶えるよりも何十倍の努力が必要だと感じました。時には努力だけでは乗り越えられないこともあると思います。それなのに自分は『いつか夢はかなうよ。だから頑張ってね!』という言葉をかけることしかできませんでした」
その時、彼女は気づいた。「頑張って」と言う自分が、本当は頑張ってないということに。そして、本当にしたいことを見つけようとせずに歩んできた自分自身と向き合う覚悟を決めることができた。
地元?大垣で「夢」を見つける
就職活動が始まった。英語力を生かせる仕事をしたいとは思うが、本当に自分のやりたいことは何なのか、待遇を重視するのか、世間体はどうか。彼女は悩みながら自問自答の日々を続けていた。
そんなある日、彼女はひとつの新聞記事から目が離せなくなった。それは、彼女の地元?大垣の会社が、日本の伝統の枡(ます)を世界に広めるためにニューヨークで展示会を開くという記事だった。自分の生まれ育ったまちが、誇りに思える瞬間だった。身近にあった何気ないものが世界の注目を集めようとしている。
「直観的に、この会社で働きたい!と思いました」
すぐに電話をかけ、社長にアポイントを取った。数日後、初対面の社長に向かって「英語ならできます!御社で働きたいんです!」と直談判をする清水さんがいた。その勢いに押されたのか、新卒の募集をしていなかったにもかかわらず、社長はじっくりと話を聞いてくれた。
「それが、今の有限会社大橋量器です。当時は社員数わずか15人の会社でしたが、今から思えば、その時は企業規模や待遇なんて、まったく気にしていませんでした」
数カ月後、4月の正式入社よりも前の春休みに、彼女は新聞で紹介されていたニューヨークの展示会に通訳として同行させてもらった。
現在、彼女は同社の営業部チーフとして、新しいデザインの枡の開発と、海外での販路拡大を任されている。最近は海外の有名デザイナーとのコラボの話も進んでいるという。
「ここ大垣は、日本の木枡の8割をつくる一大産地。このまちの小さな会社で職人さんたちが一生懸命つくっている枡は、まさに日本の伝統文化を象徴する一品です。そんな素晴らしい枡を世界に紹介する仕事に、今は大きなやりがいを感じています」
そして、世界中に地元の誇りでもある枡のファンをつくること。それが彼女の「夢」だ。
今でも彼女は、長期休暇になると子どもたちに会うためにカンボジアに行く。英語を教えるためではない。「一緒に夢をかなえよう!」と、胸を張って伝えるためだ。
(参考) 本学の海外留学プログラムについて
プロフィール
清水 和紀子(しみず わきこ)さん
有限会社大橋量器
[略歴]
2013年 365体育投注 人文社会学部 国際文化学科 卒業
子どもの頃からヨーロッパに憧れていた彼女だが、自宅は江戸時代から続く日本家屋。自宅の台所には、昔ながらの枡が今も大切に保管してあるという。彼女が枡の良さを世界に広めたいと思ったのは、そんな環境で育ったことも影響しているのかもしれない。最近の趣味は「神社?仏閣を巡って御朱印をいただくことです」と語り、さらに日本が好きになっていくようである。