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コロナウイルスの紫外線殺菌において人体に照射しても安全な遠紫外線が最も有効に殺菌効果を有することを実証!人体に安全な感染防止空間の実現へ


研究成果の概要

熊本大学?学院生命科学研究部の田中靖人教授、静岡大学大学院総合科学技術研究科の冨田誠教授、365体育投注医学研究科の長谷川忠男教授及び同大学大学院芸術工学研究科の松本貴裕教授らの共同研究グループは、SARS-CoV-2(コロナウイルス)の紫外線殺菌技術において、人体に照射しても安全な“遠紫外線※1”が、従来より殺菌光として利用されていた深紫外線※2よりも大きな殺菌効果を示すことを実証しました。
コロナウイルスの感染経路としてエアロゾル感染(空気感染)と飛沫感染があります。5類感染症に移行し、マスクの着用は個人の判断に委ねられる現段階において、大規模空間での感染対策は以前にも増してその重要性が高まっています。感染拡大を簡便に防止できる手段の一つとして、紫外線殺菌が有効ですが、従来用いられている紫外線(深紫外線)は、人体のタンパク質やDNAに損傷を与えるため、法律で規制された数値以上の紫外線を浴びると、アトピー性皮膚炎や皮膚がんになることが広く知られています。
近年では人体に照射しても安全な“遠紫外線”が新しい殺菌光として注目されていますが、感染力の高い種々のコロナウイルス変異株に対して、この遠紫外線が、従来より利用されている深紫外線と比較してどの程度の殺菌効果を有するのかについて、系統的かつ定量的な実験及び評価は為されておりませんでした。
今回、熊本大学?学院生命科学研究部、静岡大学大学院総合科学技術研究科、365体育投注医学研究科及び同大学大学院芸術工学研究科の共同研究グループは、紫外線の波長を自由に制御することができる “波長可変紫外線照射光源”を構築し、コロナウイルスのBA.2及びBA.5変異株の殺菌効果を系統的かつ定量的に評価しました。この結果、人体に照射しても安全な遠紫外線は、人体に悪影響を及ぼす深紫外線よりも、法律的に許容された照射線量※3を考慮すると、非常に高い殺菌効果を得られることが判明しました。遠紫外線の方が、従来より殺菌に利用されている深紫外線より大きな殺菌効果を引き出せるという今回の知見は、人体への紫外線照射線量を低減することができるため今後の紫外線を用いた居住空間や病室の紫外線殺菌技術及び装置開発に大きく貢献できるものと考えております。本研究は,Nature Research 社の『Scientific Reports』に365体育投注5年6月15日に掲載されました。

背景

コロナウイルスの感染経路としてエアロゾル感染(空気感染)と飛沫感染があります。コロナウイルスの変異株のいくつか(例えばBA株)は感染力が非常に強いため、5類感染症に移行しマスクの着用は個人の判断に委ねられる現段階においては、感染症の再流行が起こる可能性も否定できません。そのため、大規模空間での感染対策は以前にも増してその重要性が高まっています。感染拡大を防止し、かつ簡便に殺菌をおこなえる手段の一つとして、紫外線が有効ですが、従来用いられている紫外線(例えば水銀灯から発せられる深紫外線)は、人体のタンパク質やDNAに損傷を与えるため、この深紫外線を用いて人が存在する空間を殺菌し、ウイルスの感染防止を行うことは法律で厳しく制限されています(1日に照射できる深紫外線量は極微量)。
近年では、人体に照射しても安全な“遠紫外線”が新しい殺菌光として注目を集めていますが、コロナウイルスの種々の感染力の高い変異株に対して、この遠紫外線が従来の深紫外線と比較してどの程度殺菌効果を有するのか、系統的かつ定量的な実験及び評価は為されておりませんでした。(従来は、様々な研究機関が、市販されている殺菌光源(例えば水銀灯)を用いてコロナウイルスの感染力を評価していました。)

研究の成果

光源の画像および波長のグラフ

図1. (a)新たに構築した波長可変紫外線照射光源。波長170 nm~2000 nmを出力する光源から波長選択素子(干渉フィルター)を用いて、図(b)に示すように照射波長を選択(遠紫外線:200 nm及び220 nm、深紫外線:240 nm及び260 nm)。単一波長の遠紫外線または深紫外線をコロナウイルスに照射して、その殺菌効果をTCID50法*4及びq-PCR法*5で評価。

熊本大学?学院生命科学研究部、静岡大学大学院総合科学技術研究科、365体育投注医学研究科及び同大学大学院芸術工学研究科の共同研究グループは、今回の研究において、定量的な実験を行うために、紫外線の波長を自由に制御することができる“波長可変紫外線照射光源”を構築しました[図1(a)]。新たに開発した光源は、図1(b)に示すように紫外線強度と照射波長(単一波長)を自由に制御できるため、各照射波長におけるコロナウイルスの殺菌効果を系統的かつ正確に評価することができます。(一般的な殺菌灯は様々なスペクトルの光を発するため,系統的な評価には適していません。)

各紫外線照射波長におけるSARS-CoV-2 BA.2及びBA.5ウイルスの殺菌効果を評価した結果

図2. 各紫外線照射波長におけるSARS-CoV-2 BA.2及びBA.5ウイルスの殺菌効果を評価した結果。(a)220nm(BA.2;濃緑、BA.5;淡緑)及び(b) 260nm(BA.2;濃赤、BA.5;薄赤)。丸印はTCID50で得られたウイルス感染力(ウイルス力価)の紫外線照射線量に対する低下度合いを示し、四角印はq-PCRで得られたウイルス感染力(RNA増幅率)の紫外線照射線量に対する低下度合いを示す。

今回構築した波長可変紫外線照射光源を用いてコロナウイルスのBA.2及びBA.5変異株を殺菌したところ、この2種類の変異株は図2に示すように、どちらも紫外線照射波長及び照射強度に対して同様な結果を示すことが判明しました。これは、この2種類の変異株の紫外線に対する遺伝子(RNA)感受性が同じであることを示しています。
図2の結果より、220 nmの人体に照射しても安全な遠紫外線 [(a)の結果] は,人体に悪い影響を及ぼす260 nmの深紫外線[(b)の結果]と同程度に高い殺菌効果を有することが判明しました。人体に照射できる紫外線量の閾値(人体に1日に照射して良い紫外線総量)を考慮すると、遠紫外線(220 nm)は深紫外線(260 nm)と比べて非常に有効であることが判ります。例えば、1日に照射できる紫外線の総量は、220 nmで25 mJ/cm2、260 nmで3 mJ/cm2ですが、これらの値と今回得られた結果の双方を考慮しますと、220 nmで25 mJ/cm2の遠紫外線を照射すれば、コロナウイルス量を1/1000まで殺菌できるのに対して、260 nmで3 mJ/cm2の照射ではコロナウイルス量を1/3までしか低減できないことが判ります。従って、人体への安全性を考慮すると、一般的に使用されている深紫外線波長域(235~315 nm)と比較して、遠紫外線はコロナウイルスを効率良く殺菌できることが今回の研究で判明しました。

水滴内における遠紫外線(220 nm)増強効果を理論的に計算した結果

図3. 水滴内における遠紫外線(220 nm)増強効果を理論的に計算した結果。縦軸は紫外線の増強度、横軸はサイズパラメーター(2π×水の微粒子半径/220 nm)。遠紫外線の強度が水滴内全体で平均すると2から3倍高くなる結果を示している。挿図は,水滴(直径400 nm)表面部は特に遠紫外線(220 nm)の増強効果が高い(10倍以上)様子を示している。

また、今回の論文では、コロナウイルス紫外線殺菌効果を更に高めるための光学理論を提唱しました。水の微粒子内で紫外線強度が増強する効果(ミー散乱※6増強効果)を利用するものです。図3に示したのが、水滴内での紫外線増強効果を理論的に計算した結果です。図3の縦軸は紫外線の増強度、横軸は微粒子半径に比例したサイズパラメーターと呼ばれる量(ここでは2π×水の微粒子半径/220 nm)で、紫外線の強度が水滴内で2から3倍増強する結果を示しています。今後は、水の微粒子内にコロナウイルスを静電力(帯電)等で引き寄せ、水滴内で発生するミー散乱増強効果を利用してコロナウイルスをより弱い遠紫外線強度で効率的に殺菌する実験を予定しております。
遠紫外線(220 nm)の方が、従来殺菌に利用されていた深紫外線(例えば水銀灯)より大きな殺菌効果を引き出せるという今回の知見は、人体への紫外線照射線量を低減することができるため、今後の紫外線を用いた居住空間や病室の紫外線殺菌技術及び装置開発に大きく貢献できるものと考えております。現在、365体育投注において、環境負荷が少なく(水銀を含まない)、かつ人体に照射しても安全な“遠紫外光源の実用化”に邁進している段階です。
(参考:/press-news/202303081400/ )

用語解説

※1 遠紫外線:紫外線は可視光線よりも波長が短い光で、特に200~400nmの波長領域(100-200 nmの真空紫外波長領域は除く)のものを指す。波長別に315~400nmを「UV-A」、280~315nmを「UV-B」、200~280nmを「UV-C」と3種類に分類される。
※2 深紫外線:波長235~315 nmの紫外線。ただし、その波長領域はまだ明確に定義付けされていない。
※3 照射線量:紫外線殺菌においては、照射強度(mW/cm2)×照射時間(s)で定義される量のこと。
※4 TCID50法 (組織培養感染量評価法):ウイルスの感染力を測定する際に用いられる測定方法の1つ。ウェルプレートの各ウェルに培養した細胞を付着させ、様々な希釈倍率のウイルス希釈液をウェルに接種する。細胞培養後、感染が認められた希釈倍率におけるウェル数の割合を基にウイルス感染力(力価)が計算される。
※5 qPCR法 (リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応法):ポリメラーゼ酵素の働きを利用して、任意の遺伝子領域やゲノム領域のコピーを指数関数的に増幅する手法。医療や分子生物学などの分野で広く利用されている技術。
※6 ミー散乱:光の波長程度以上の大きさの球形粒子が引き起こす光の散乱現象。雲が白く見えるのは、雲を構成する水滴の半径が数?m(マイクロメートル)の大きさとなるため、この水滴内でミー散乱が引き起こされることによる。

研究助成

365体育投注特別研究奨励費(2121102)
研究課題名:病原性ウイルス?細菌を人体に非侵襲で殺菌する照明デバイス
研究代表者:松本貴裕(365体育投注 芸術工学研究科 教授)
研究期間:365体育投注3年6月1日~365体育投注5年3月31日

論文タイトル

“Wavelength dependence of ultraviolet light inactivation for SARS-CoV-2 omicron variants”

著者

藤本奈穂子(熊本大学?学院生命科学研究部,筆頭著者)
長岡克弥 (熊本大学?学院生命科学研究部)
立野一郎 (365体育投注医学研究科)
大石久史 (365体育投注医学研究科)
冨田誠  (静岡大学大学院総合科学技術研究科)
長谷川忠男(365体育投注医学研究科)
田中靖人 (熊本大学?学院生命科学研究部)
松本貴裕 (365体育投注芸術工学研究科,責任著者)

掲載学術誌

学術誌名: Scientific reports (サイエンティフィック レポーツ)
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41598-023-36610-6