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アルツハイマー病の前臨床モデルにおいて、 βアミロイド誘導性神経病理の形成にインフラマソームは関与しない (病態形成における非炎症性グリア応答という新たな着想を提示)


研究成果の概要

本研究は、365体育投注大学院医学研究科 脳神経科学研究所 認知症科学分野 齊藤貴志 教授、理化学研究所 脳神経科学研究センター 西道隆臣チームリーダー、Geert van Loo教授(Ghent University, ベルギー)、Mohamed Lamkanfi教授(University of Freiburg,ドイツ)を中心とした国際共同研究による成果です。アルツハイマー病は発症の数十年前(前臨床期)から生じるアミロイド病理の形成が引き金となり発症することが知られています。アミロイド病理の形成は、脳内の免疫担当細胞と考えられているグリア細胞(ミクログリア、アストロサイトなど)を活性化させ「神経炎症」状態を惹起することで、アミロイド病理をさらに悪化させると考えられてきました。神経炎症の誘導は、インフラマソームという炎症プラットフォームの活性化が重要であることが通説となりつつあり、アルツハイマー病の創薬標的にもなっていました。共同研究グループは、インフラマソームおよび神経炎症状態は、前臨床期におけるアミロイド病理の形成には関与していないことを明らかにし、既存の考え方への反証を示すと同時に、非炎症性のグリア応答が前臨床期におけるアルツハイマー病の病態形成に重要な役割を果たしている可能性を示しました。
これらの結果は、アルツハイマー病の複雑な発症メカニズムの解明のための新たな着想を提示するだけでなく、薬剤開発における創薬標的の適切さを見直すきっかけになると思われます。

背景

アルツハイマー病の克服は、世界中で強く望まれる喫緊の課題です。2023年に新たな新薬が登場したものの、根治療法には至っておらず、世界中で研究?薬剤開発が継続されています。アルツハイマー病は、発症の数十年前(前臨床期)から脳内で病理変化が生じていることが知られています。特に、アミロイド病理(アミロイドβ1)の蓄積)の形成が病理変容の最上流にあると考えられており、上述した新薬もアミロイド病理の軽減を目的とした薬剤です。これまでの研究で、アミロイド病理が形成されると、脳内の免疫担当細胞と考えられているグリア細胞(ミクログリアやアストロサイトなど)がアミロイドβの蓄積物を異物として感受し、これを除去するような応答として炎症状態(神経炎症)になると考えられていました。特に、2013年にドイツの研究グループから「インフラマソーム2)という炎症プラットフォームがアミロイドβの蓄積に応答して活性化され、炎症状態を惹起しアミロイドβの蓄積をさらに増悪させる」(Heneka et al. Nature 2013)ことが報告されて以来、インフラマソームによる炎症応答はアルツハイマー病の発症を加速させる要因になりうると強く考えられるようになってきました。
今回、共同研究グループは、アミロイド病理形成に対するインフラマソームの役割の詳細を明らかにするために、齊藤らが開発したヒトのアミロイド病理に非常に類似した病理を呈する前臨床型アルツハイマー病モデルマウス(AppNL-G-Fマウス)を用いて研究を行いました。

炎症プラットフォームの図

図1. インフラマソームは、NF-κB経路と連動して危険シグナルを感知すると、NLRP3/ASC/pro-Caspase-1の複合体の形成およびCaspase-1の活性化が起こる。活性化されたCaspase-1はpro-IL-1βやpro-IL-18などを成熟させ炎症の引き金となる。

研究の成果

研究グループはまず初めに、炎症によるアミロイド病理の増悪効果を検証するために、炎症応答の主要なシグナル経路であるNF-κB経路をミクログリア特異的に活性化させるために、NF-κB経路の抑制分子A20のコンディショナルノックアウトマウス3)を作製して解析を行いました。

ミクログリア特異的なA20欠損によるNF-kB経路の活性化とアミロイド病理

図2. (A)ミクログリア特異的なNF-κB経路の活性化に伴い炎症性サイトカインの発現が、野生型マウスAppWTでも、AppNL-G-Fマウスのどちらでも有意に増加した。 (B) アミロイドβの免疫組織化学的解析の結果、アミロイドβの蓄積に差は認められなかった。A20FLは対照マウス、A20Cx3Cr1-KOはコンディショナルノックアウトマウスを表す。

ミクログリア特異的にA20を欠損させNF-κB経路の活性化を誘導した結果、AppNL-G-Fマウスだけでなく野生型マウスでも炎症性サイトカインの発現が高まり炎症状態を増強することができました。しかし、予想に反してAppNL-G-Fマウス脳内のアミロイドβの蓄積は増悪していませんでした。

次に研究グループは、アミロイド病理形成に対する炎症の抑制効果を検証しました。そこで、インフラマソーム活性化の鍵分子Caspase-1をミクログリア特異的に欠損させるコンディショナルノックアウトマウスを作製し解析を行いました。

ミクログリア特異的インフラマソームの抑制とアミロイド病理

図3. (A)ミクログリア特異的にCaspase-1を欠損させたAppNL-G-Fマウスの開発。(B) アミロイドβの免疫組織化学的解析の結果、アミロイドβの蓄積に差は認められなかった。casp1FLは対照マウス、casp1Cx3Cr1-KOはコンディショナルノックアウトマウスを表す。

ミクログリア特異的にCaspase-1を欠損(インフラマソームを抑制)させてもアミロイドβの蓄積は変化(改善)しませんでした。

さらに研究グループは、ミクログリアにおける限定的なインフラマソームの抑制効果の検証だけでなく、全身性にインフラマソームを抑制させるためにCaspase1/11ノックアウトマウスとAppNL-G-Fマウスの交配マウスを作製し解析を行いました。

全身性インフラマソーム抑制によるアミロイド病理

図4.全身性にCaspase-1/11を欠損したAppNL-G-Fマウスでもアミロイドβの蓄積に差は認められなかった。免疫組織化学的染色では青:アミロイドβ蓄積、赤:ミクログリア(Iba1)、緑:アストロサイト(GFAP)を表す。

研究グループは更なる確認のために、AppNL-G-FマウスでのシングルセルRNAseq4)の再解析を行いました。Figerio et al. Cell Reports 2019で報告された共有データ(GSE127892)をもとに、アミロイド病態に関連するミクログリア(疾患関連ミクログリア:DAM)におけるNF-κB経路およびインフラマソーム関連遺伝子の発現の変化を確認しました。

前臨床型アルツハイマー病モデルマウス由来ミクログリアのsingle Cell-RNAseq解析の図

図5. UMAP上の黒丸で囲まれた部分が疾患関連ミクログリア(DAM)を示している。AppNL-G-Fマウスでは野生型マウスに比べてDAM集団の増加が認められた。この集団では、NF-κBおよびインフラマソーム関連遺伝子の発現は高まっていなかった。

アミロイドβの蓄積が高まっているAppNL-G-Fマウスの脳内ではDAMと言われる疾患関連ミクログリア集団の増加が認められた。しかし、これら集団におけるNF-κBおよびインフラマソーム関連遺伝子の発現は、非常に低い状態でした。すなわち、AppNL-G-Fマウスの脳内では、グリア細胞の活性化は認められるものの炎症性応答は高まっていないことが明らかとなりました。
これら一連の結果は、2013年のドイツのグループからの報告に反する結果となりました。このような結果になったのは、使用したモデルマウスの違いに依るかもしれないため、アミロイド病理を呈する既報同様のモデルマウス(APP/PS1マウス)を用いて、また既報同様にインフラマソーム構成分子NLRP3の欠損マウスとの交配マウスも樹立して解析を行いました。さらにこれらマウスでのシングルセルRNAseq解析も行いましたが、APP/PS1マウスでもNF-κBおよびインフラマソーム関連遺伝子の発現は高まっておらず、アミロイド病理形成にNLRP3の発現の有無は関与していないことが明らかとなりました。
これまでの研究では、グリア細胞が活性化することは、炎症応答を惹起することと同義であるように考えられてきました。しかし、今回の一連の研究結果から、インフラマソームは前臨床期のアミロイド病理の形成に影響していないことを明らかにしました。そして、アミロイド病理にともなうグリア応答は、炎症惹起に関与するのでは無く、別の作用(非炎症性の応答)を司っていることが新たに示唆されました。

研究のポイント

  • インフラマソームは、前臨床期のアミロイド病理の形成に影響していない
  • アミロイド病理が形成されても、DAMは炎症性応答をしていない
  • 前臨床期におけるアミロイド病理形成にともなう非炎症性のグリア応答機構が存在していることを示唆した

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

本研究により、これまで通説のように考えられてきたインフラマソームによる炎症応答は、前臨床期におけるアミロイド病理形成には関与していないことが示されました。さらに、アルツハイマー病の発症プロセスにおいて、炎症性ではなく、非炎症性のグリア応答が重要な役割を果たしているという新たな着想がもたらされました。これは、アルツハイマー病の複雑な発症メカニズムを解明するために重要な意義をもたらします。また、抗アミロイドβ抗体薬レカネマブが承認されたことで、前臨床期からアミロイドβを減少させることの有効性が示されている昨今、インフラマソームの阻害がアルツハイマー病に対する薬剤標的とも考えられていましたが、これを再考する必要があるとも考えられます。今後、アルツハイマー病の発症メカニズムを明らかにし、適切な創薬標的を見いだしていく必要があり、本研究は強くその一助になると考えられます。

【用語解説】
1)アミロイドβ
アルツハイマー病の脳内で確認される主要病理:アミロイド病理(老人斑)を形成する主要なペプチド。遺伝性アルツハイマー病では、アミロイドβの産生が高まっていることが知られる一方、アミロイドβの発現が低い家系ではアルツハイマー病を発症しないことが知られており、アミロイドβの蓄積が疾患発症の引き金になると考えられています。

2)インフラマソーム
炎症応答の重要なシグナル経路であるNF-κB経路と連動して作用する炎症プラットフォーム。炎症を惹起するような危険シグナルが伝わることで、インフラマソームが活性化し、インターロイキン1βなどの炎症性サイトカインの放出を司っています。

3)コンディショナルノックアウトマウス
標的とする細胞特異的に、任意の遺伝子を欠損させたマウス。通常のノックアウトマウスは、マウス個体全身で遺伝子を欠損させているため、遺伝子欠損による全身性の表現型の解析を行うことになります。一方、コンディショナルノックアウトマウスでは、標的細胞群のみでの遺伝子欠損の効果を検証することができます。

4)シングルセルRNAseq解析
一細胞ごとに遺伝子の転写産物の種類と発現量を網羅的に検出することができる手法。各細胞に特徴的な遺伝子発現プロファイルを元に細胞集団を分類し、その集団ごとに特徴的な遺伝子発現情報を解析することができます。


【研究助成】
本研究は、文部科学省?日本学術振興会科学研究費補助金(20H03564)、AMED (JP21gm1210010s0102、JP21dk0207050h001)、JST (ムーンショットJPMJMS2024)、365体育投注特別研究奨励費(2021101)、堀科学芸術振興財団助成、豊秋奨学会助成 等を受けて行われました。


【論文タイトル】
Inflammasome signaling is dispensable for ?-amyloid-induced neuropathology in preclinical models of Alzheimer’s disease


【著者】
Sahana Srinivasan1,2*, Daliya Kancheva3*, Sofie De Ren4*, 齊藤 貴志5,6,7*, Maude Jans1,2, Fleur Boone1,2, Charysse Vandendriessche1,2, Ine Paesmans4, Hervé Maurin4, Roosmarijn E Vandenbroucke1,2, Esther Hoste1,2, Sofie Voet1,2, Isabelle Scheyltjens3, Benjamin Pavie1,8, Saskia Lippens1,8, Marius Schwabenland9, Marco Prinz9,10,11, 西道 隆臣6, Astrid Bottelbergs4#, Kiavash Movahedi3#, Mohamed Lamkanfi12# and Geert van Loo1,2#
【著者所属】
1. VIB Center for Inflammation Research, Belgium
2. Department of Biomedical Molecular Biology, Ghent University, Belgium
3. Laboratory for Molecular and Cellular Therapy, Vrije Universiteit Brussel, Belgium
4. Neuroscience Therapeutic Area, Janssen R&D, Belgium
5. 365体育投注大学院医学研究科 脳神経科学研究所 認知症科学分野
6. 理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経老化制御研究チーム
7. 名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野
8. VIB Bioimaging Core, Belgium
9. Institute of Neuropathology Medical Center, University of Freiburg, German
10. Signalling Research Centres BIOSS and CIBSS, University of Freiburg, Germany
11 Center for Basics in NeuroModulation, University of Freiburg, Germany
12 Department of Internal Medicine and Pediatrics, Ghent University, Belgium
* 共同第一著者  # 共同責任著者


【掲載学術誌】
学術誌名 Frontiers in Immunology
DOI番号:10.3389/fimmu.2024.1323409