ハキム病(特発性正常圧水頭症)の診断に有用な画像所見 脳室拡大とDESHを自動判定するAIを開発
歩行障害、物忘れ、尿失禁の三つの症状で知られるハキム病 (特発性正常圧水頭症:iNPH)※1は進行性の病気であり、早期発見、早期治療が重要である。脳室拡大とくも膜下腔の不均衡分布(DESH)※2はハキム病の発見に有用な画像の特徴として知られているが、従来は脳のCTやMRI画像から医師が判定していた。しかし、DESHは主観的な評価であり、判定が分かれることも多かった。そこで、脳3D MRI画像から区域を自動抽出する人工知能(AI)※3に加えて、その抽出区域からDESHの自動判定とその根拠となる脳室拡大、高位円蓋部?正中の脳溝の狭小化(THC)※4、シルビウス裂?脳底槽の拡大(SFD)※5を自動判定するAIを開発した。
研究成果の概要
脳に慢性的に水(脳脊髄液)が溜まる病気である水頭症は、実は子供よりも60歳以上の高齢者に多い。「速く歩けなくなり、ふらつく。足が上がらないようになって、よく転倒する。やったことを忘れる。トイレが近くなり、トイレまで我慢ができず漏らしてしまう」等の症状で発症するハキム病は進行性の病気であり、症状が重くなると日常生活に支障をきたすようになり、介護が必要となる。さらに、症状が進行してから治療を受けても、自立した生活を取り戻すことは難しいため、早期発見、早期治療が重要である。
ハキム病は、加齢によって慢性的に頭蓋内に脳脊髄液が溜まる病気だが、脳の内側に存在する脳室だけでなく、脳脊髄液の大半を占める(脳室の約10倍の体積)くも膜下腔も同時に拡大する。
しかし、『水頭症は脳室が拡大する病気』と多くの医師が考えているため、しばしば『脳萎縮』と誤解されてしまうことがある。そこで、脳萎縮とハキム病の判別に有用な画像所見として、シルビウス裂?脳底槽の拡大とTHCが同時に認める画像所見をDESHと日本の水頭症研究グループが命名し、診断率は向上したが、DESHの判定は医師の主観的評価であったため、経験豊富な専門家でも判定が異なることが課題であった。
そこで、DESHの判定に必要な頭蓋内の① 脳脊髄液腔、② 脳室、③ 高位円蓋部?正中の脳溝、④ シルビウス裂?脳底槽の4つの領域を3次元MRI画像から自動抽出するAIを第一に開発した。次に、抽出した① 脳脊髄液腔からDESH、② 脳室から脳室拡大、③ 高位円蓋部?正中の脳溝からTHC、④ シルビウス裂?脳底槽からSFDを判定するAIを開発した。さらに、これらの判定に客観的根拠を持たせるべく、DESH index = (② 脳室 + ④ シルビウス裂?脳底槽) / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝、Venthi index = ② 脳室 / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝、Sylhi index = ④ シルビウス裂?脳底槽 / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝の3つの指標を新たに定義した。
本研究成果は、Frontiers in Aging Neuroscience2024年3月15日に掲載された。
ハキム病は、加齢によって慢性的に頭蓋内に脳脊髄液が溜まる病気だが、脳の内側に存在する脳室だけでなく、脳脊髄液の大半を占める(脳室の約10倍の体積)くも膜下腔も同時に拡大する。
しかし、『水頭症は脳室が拡大する病気』と多くの医師が考えているため、しばしば『脳萎縮』と誤解されてしまうことがある。そこで、脳萎縮とハキム病の判別に有用な画像所見として、シルビウス裂?脳底槽の拡大とTHCが同時に認める画像所見をDESHと日本の水頭症研究グループが命名し、診断率は向上したが、DESHの判定は医師の主観的評価であったため、経験豊富な専門家でも判定が異なることが課題であった。
そこで、DESHの判定に必要な頭蓋内の① 脳脊髄液腔、② 脳室、③ 高位円蓋部?正中の脳溝、④ シルビウス裂?脳底槽の4つの領域を3次元MRI画像から自動抽出するAIを第一に開発した。次に、抽出した① 脳脊髄液腔からDESH、② 脳室から脳室拡大、③ 高位円蓋部?正中の脳溝からTHC、④ シルビウス裂?脳底槽からSFDを判定するAIを開発した。さらに、これらの判定に客観的根拠を持たせるべく、DESH index = (② 脳室 + ④ シルビウス裂?脳底槽) / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝、Venthi index = ② 脳室 / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝、Sylhi index = ④ シルビウス裂?脳底槽 / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝の3つの指標を新たに定義した。
本研究成果は、Frontiers in Aging Neuroscience2024年3月15日に掲載された。
背景
脳に水(脳脊髄液)が溜まる慢性水頭症は、実は子供よりも60歳以上の高齢者に多く、特にハキム病は加齢に伴って発症率が増加傾向にあり、超高齢社会化が進む我が国では今後も増加することが避けられない病気である。症状は、速く歩けなくなる、ふらつくなどの軽い歩行障害から始まり、次第にすり足歩行、小刻み歩行、開脚歩行、すくみ足、突進現象などの病的歩容が次第に顕著となり、転倒しやすくなる。転倒により頭部外傷や腰椎圧迫骨折や大腿骨骨折で救急搬送されることも多い。さらに進行すると、自力で歩けなくなり、立ち上がることも難しくなる。歩行障害以外では、やった事を忘れてしまう、行動する意欲がなくなり一日中ボーと座っているなどの認知機能低下、トイレが近くなる頻尿、トイレまで我慢ができない切迫性尿失禁などの症状が悪化していくため、重症化すると日常生活に支障をきたすようになり、介護が必要となる。症状が進行してから治療を受けて症状が一段階改善しても、自立した生活を取り戻すレベルまで回復することは難しいため、早期発見、早期治療が重要と考えられている。
しかし、ハキム病では脳の内側にある脳室だけでなく、脳脊髄液の大半を占める脳の周囲を覆うくも膜下腔も同時に拡大することが多く、『水頭症は脳室が拡大する病気』という医師の思い込みから、しばしば『脳萎縮』と誤解されて、発見が遅れてしまう。ハキム病と脳萎縮を判別するために重要な画像所見として、THC、SFDが同時に起こることが重要であることを日本の水頭症研究グループが2010年に発見し、DESHと命名した。DESHが広く認知され、診断率は大幅に向上したが、DESHの判定は医師の主観的評価であったため、経験豊富な専門家でも判定が異なることが課題であった。
しかし、ハキム病では脳の内側にある脳室だけでなく、脳脊髄液の大半を占める脳の周囲を覆うくも膜下腔も同時に拡大することが多く、『水頭症は脳室が拡大する病気』という医師の思い込みから、しばしば『脳萎縮』と誤解されて、発見が遅れてしまう。ハキム病と脳萎縮を判別するために重要な画像所見として、THC、SFDが同時に起こることが重要であることを日本の水頭症研究グループが2010年に発見し、DESHと命名した。DESHが広く認知され、診断率は大幅に向上したが、DESHの判定は医師の主観的評価であったため、経験豊富な専門家でも判定が異なることが課題であった。
研究の成果
21歳から92歳までの健常ボランティア138人とハキム病と診断された患者43人について、3テスラMRI装置を用いて頭部3次元T1強調MRIとT2強調MRIを撮影した。クラウド型AI技術開発支援サービスSYNAPSE Creative Space(富士フイルム株式会社)を用いて、3次元T1、T2強調MRIそれぞれから脳室とくも膜下腔を効率的に抽出した。さらに、くも膜下腔全体から、高位円蓋部?正中の脳溝とシルビウス裂?脳底槽の2つの領域を手動で抽出した。これらの4つの領域をSYNAPSE Creative Spaceの深層学習用データとして3次元T1強調MRIを160人分、3次元T2強調MRIを180人分準備した。3D U-Netを用いて、Semantic Segmentationによる領域抽出の深層学習を行い、十分な精度で領域抽出ができるまで学習を繰り返した(約5万回)。次に、Multimodal Convolutional Neural Networks (CNN)を用いて、Image Classificationによる① 脳脊髄液腔からDESH、② 脳室から脳室拡大、③ 高位円蓋部?正中の脳溝からTHC、④ シルビウス裂?脳底槽からSFDの有無を判定する深層学習を行い、DESH、脳室拡大、TCHの判定については約2万5千回でほぼ100%の正解率となったところで終了した。SFDの判定については約5万回まで学習を繰り返したがT1強調MRIで正解率97%、T2強調MRIで正解率90%となったところで終了した。これらの深層学習モデルの精度検証を行い、十分に信頼できる結果が得られることを確認した。さらに、これらの判定に客観的根拠を持たせるべく、DESH index = (② 脳室 + ④ シルビウス裂?脳底槽) / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝、Venthi index = ② 脳室 / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝、Sylhi index = ④ シルビウス裂?脳底槽 / ③ 高位円蓋部?正中の脳溝の3つの指標を新たに定義した。これら3つの指標のいずれを用いても、T1強調MRI、T2強調MRIともにAUC値で0.9以上の精度でDESHを検出できることを確認した。これらの指標は、DESHの有無を判定するだけでなく、DESH indexが高いほどDESHの程度が強いこと、Venthi indexが高いほど脳室拡大の影響が強いDESHであること、Sylhi indexが高いほどSFDの影響が強いDESHであることを定量的に示すことができた(下図)。
研究のポイント
- ハキム病の診断に重要な画像所見DESH、脳室拡大、THC、SFDの判定に用いる4つの領域を自動抽出するAIを開発した。
- さらに、4つの領域からDESH、脳室拡大、THC、SFDを自動判定するAIを開発した。
- DESHの判定を定量化する指標として、DESH index、Venthi index 、Sylhi indexを提案し、これらの指標を用いることで、DESHの程度やその特徴を数値化することができた。
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
DESHは、ハキム病の発見に大きく貢献してきたが、主観的な判定であったが故に、経験豊富な医師間でも判定が異なることがあることが課題であった。本研究により、脳MRI画像からDESHの判定に重要な領域を自動で抽出し、DESHの自動判定に加えて、DESHの程度や特徴を数値化することが可能となった。これらのAIモデルを新規アプリケーションとして社会に広めることで、診断?治療の地域偏在を減らし(AIによる医療の均てん化)、高齢者の生活自立の向上や健康寿命の延伸に貢献したいと考えている。さらに、DESHの程度や特徴の数値によって、治療介入後の改善度の予測などに役立てたいと考えている。
本研究は、365体育投注、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京都立大学、東北大学、山形大学、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上で再現して、ヒトの脳の自然老化現象をシミュレーションし、ハキム病を含めた正常圧水頭症、認知症、脳卒中などの脳環境に関連する病態を解明することを目指す医工連携、産学連携研究である。
本研究は、365体育投注、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京都立大学、東北大学、山形大学、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上で再現して、ヒトの脳の自然老化現象をシミュレーションし、ハキム病を含めた正常圧水頭症、認知症、脳卒中などの脳環境に関連する病態を解明することを目指す医工連携、産学連携研究である。
【用語解説】
※1 ハキム病:従来から、特発性正常圧水頭症(idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: iNPH)と呼ばれてきた病気と同義。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。
※2 くも膜下腔の不均衡分布(DESH):Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalusの略。シルビウス裂?脳底槽が拡大し、高位円蓋部?正中の脳溝が狭いことと、脳室拡大を同時に示す画像所見。
※3 人工知能(AI):Artificial Intelligence技術のひとつであるディープラーニング(深層学習)。
※4 高位円蓋部?正中の脳溝の狭小化(THC):Tightened sulci in the High Convexityの略。脳室とシルビウス裂?脳底槽と呼ばれる脳の下方のくも膜下腔が拡大することで、脳が上方に押し上げられ、頭頂部の脳溝?くも膜下腔が脳と一緒に圧縮されて狭くなる画像所見。
※5 シルビウス裂?脳底槽の拡大(SFD):Sylvian fissure dilatationの略。脳室とシルビウス裂?脳底槽と呼ばれる脳の下方のくも膜下腔が拡大することで、脳が上方に押し上げられ、頭頂部の脳溝?くも膜下腔が脳と一緒に圧縮されて狭くなる画像所見。
【研究助成】
【論文タイトル】
Automatic Assessment of Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalus from 3D MRI using Two Deep Learning Models
【著者】山田 茂樹1, 2)*、伊藤 広貴3)、松政 宏典3)、伊井 仁志4)、大谷 智仁5)、谷川 元紀1)、伊関 千書6,7)、渡邉 嘉之8) 、和田 成生5)、大島 まり2)、間瀬 光人1)
所属
1;365体育投注 脳神経外科学講座
2;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
3;富士フイルム株式会社
4;東京都立大学大学院システムデザイン研究科?機械システム工学域
5;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座
6;東北大学大学院 高次機能障害学
7;山形大学365体育投注第三内科?脳神経内科
8;滋賀医科大学 放射線医学講座
(*Corresponding author)
【掲載学術誌】
学術誌名:Frontiers in Aging Neuroscience
DOI番号:10.3389/fnagi.2024.1362637
本文:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnagi.2024.1362637/full?utm_source=F-NTF&utm_medium=EMLX&utm_campaign=PRD_FEOPS_20170000_ARTICLE
※1 ハキム病:従来から、特発性正常圧水頭症(idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: iNPH)と呼ばれてきた病気と同義。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。
※2 くも膜下腔の不均衡分布(DESH):Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalusの略。シルビウス裂?脳底槽が拡大し、高位円蓋部?正中の脳溝が狭いことと、脳室拡大を同時に示す画像所見。
※3 人工知能(AI):Artificial Intelligence技術のひとつであるディープラーニング(深層学習)。
※4 高位円蓋部?正中の脳溝の狭小化(THC):Tightened sulci in the High Convexityの略。脳室とシルビウス裂?脳底槽と呼ばれる脳の下方のくも膜下腔が拡大することで、脳が上方に押し上げられ、頭頂部の脳溝?くも膜下腔が脳と一緒に圧縮されて狭くなる画像所見。
※5 シルビウス裂?脳底槽の拡大(SFD):Sylvian fissure dilatationの略。脳室とシルビウス裂?脳底槽と呼ばれる脳の下方のくも膜下腔が拡大することで、脳が上方に押し上げられ、頭頂部の脳溝?くも膜下腔が脳と一緒に圧縮されて狭くなる画像所見。
【研究助成】
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築]
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液?間質液の動態解析]
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明]
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:ヒト脳髄膜?脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的?MRI画像解析]
- 文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(次世代超高速電子計算機シ
- ステム利用の成果促進)「「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン」(JPMXP1020230118)
- 富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳?脳脊髄液?脳血流の動態解析?シミュレーション]
【論文タイトル】
Automatic Assessment of Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalus from 3D MRI using Two Deep Learning Models
【著者】山田 茂樹1, 2)*、伊藤 広貴3)、松政 宏典3)、伊井 仁志4)、大谷 智仁5)、谷川 元紀1)、伊関 千書6,7)、渡邉 嘉之8) 、和田 成生5)、大島 まり2)、間瀬 光人1)
所属
1;365体育投注 脳神経外科学講座
2;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
3;富士フイルム株式会社
4;東京都立大学大学院システムデザイン研究科?機械システム工学域
5;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座
6;東北大学大学院 高次機能障害学
7;山形大学365体育投注第三内科?脳神経内科
8;滋賀医科大学 放射線医学講座
(*Corresponding author)
【掲載学術誌】
学術誌名:Frontiers in Aging Neuroscience
DOI番号:10.3389/fnagi.2024.1362637
本文:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnagi.2024.1362637/full?utm_source=F-NTF&utm_medium=EMLX&utm_campaign=PRD_FEOPS_20170000_ARTICLE