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痛みセンサーTRPV1が薬剤で阻害される際の構造基盤を解明 ~新たな鎮痛薬開発に期待~


カプサイシン受容体TRPV1チャネルは痛み感知の中心的な役割をはたす分子です。TRPV1は43度以上の侵害性熱刺激でも活性化することから、その発見に対して2021年のノーベル生理学?医学賞が授与されました。阻害薬は新たな鎮痛薬となることから、世界中で開発競争が行われてきましたが、発見から27年、効果的な薬剤は未だ開発されていません。TRPV1阻害剤SAF312は眼科領域で治験が進んでおり、最初のTRPV1を標的として世に出る鎮痛薬かもしれないと考えられています。今回、自然科学研究機構 生理学研究所/生命創成探究センターの富永真琴前教授(現:365体育投注 なごや先端研究開発センター特任教授)と生理学研究所のJing Lei前博士研究員は、中国 北京大学 化学与分子工程学院のXiaoguang Lei教授との共同研究で、低温電子顕微鏡を用いてSAF312がヒトTRPV1を阻害する構造基盤を明らかにしました。TRPV1チャネルを標的とした薬剤開発に貢献できると推定されます。本研究結果は、Nature Communications誌に掲載(2024年8月6日公開)されました。

2021年にはイオンチャネルの一つであるTRPチャネルの研究にノーベル生理学医学賞が授与されました。温度感受性TRPチャネルは、冷たい温度から熱い温度まで様々な温度等を感知するタイプがあり、現在11種知られています。中でもTRPV1チャネルは最初に発見された温度感受性TRPチャネルで、感覚神経でカプサイシンや43度以上の熱刺激といったさまざまな侵害刺激で活性化されます。TRPV1の構造(図1)は2017年にノーベル化学賞が授与された「低温電子顕微鏡を用いた単粒子解析法」を用いて既に2013年に原子レベルで明らかにされていますが、TRPV1を標的とした薬剤は最終的には我々の手に届くまでに至っていません。いくつかの化合物で臨床治験が行われてきましたが、十分に鎮痛効果がないことや発熱といった副作用のために実用化されていないのです。SAF312(図2)はスイスの製薬大手ノバルティスが開発したTRPV1阻害剤で、2023年にカナダの眼科用医療製品(コンタクトレンズ等)のメーカーであるボシュロムに売却されました。日本でも術後角膜誘発性慢性疼痛(レーシック等の屈折矯正手術又は白内障手術を受けた後に起こる持続的な眼表面の疼痛)の治験ステージIIにあり、今のところ良好な結果が得られています。TRPV1阻害のメカニズムを知るために、TRPV1と阻害剤が結合した構造を解くことは今後の薬剤開発にも非常に重要ですが、TRPV1では報告が限られていました。

そこで研究グループは、低温電子顕微鏡や電気生理学的手法を用いて、ヒトTRPV1と、その阻害剤であるSAF312が結合した複合体の構造を明らかにするため実験を行いました。その結果、2.75?※注1以下という高解像度によるTRPV1とSAF312の複合体構造、SAF312がカプサイシンと同じヴァニロイド結合ポケットに結合していること、さらに512番目のセリンというアミノ酸がSAF312の強い選択性を決めていることが明らかになりました。(図3)
さらに研究グループは、コレステロールという脂質に着目しました。これまでコレステロールがTRPV1機能を抑制していることが報告されていましたが、その構造基盤は明らかではありませんでした。今回研究チームは、TRPV1/SAF312複合体構造にコレステロールが結合していること、コレステロールのTRPV1への結合がSAF312によるTRPV1機能阻害に重要であること、さらに515番目のロイシンというアミノ酸が強く関与していることを明らかにしました。
このTRPV1とSAF312、コレステロールの機能連関は、分子動力学シミュレーション法※注2によっても確認されました。さらに、TRPV1にSAF312が結合した複合体において、チャネルが開いている状態と閉じている状態の構造を比較した結果、SAF312が結合している場合、チャネルが閉じている状態から開くに至る際に、S4-S5リンカー(図1)の動きを抑制することによってTRPV1の機能阻害をもたらしていることが判明しました。 

このように、SAF312のTRPV1の機能を阻害する機構が原子レベルで明らかになることによって、ヒトTRPV1を標的とした薬剤開発がさらに進展することが期待されます。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

  1. 眼科領域で臨床治験が進んでいるSAF312によるヒトTRPV1の原子レベルでの機能阻害機構が2.75?以下の高い解像度で明らかになりました。

図1

図1:TRPV1の一つサブユニットの構造モデル

6回の膜貫通ドメイン(S1 - S6)をもち、カルボキシル末端(C)のTRPヘリックスはS4S5リンカーに近く、イオンチャネル機能の制御に関わっています。第4膜貫通ドメイン(S4)にVoltage Sensing-Like Domains (VSLD)があります。アミノ末端(N)のアンキリンリピートドメインにはさまざまな蛋白質が結合してイオンチャネル機能を制御します。

図2

図2:TRPV1阻害剤SAF312の構造

低温電子顕微鏡法によるヒトTRPV1の構造(リボンダイアグラム)。薄茶色が1つのサブユニットで、紫色がSAF312、水色がコレステロール (CHL)。SAF312とコレステロールは、Voltage Sensing-Like Domainsのヴァニロイド結合ポケットに結合しています(下図参照)。

図3

図3:ヒトTRPV1へのSAF312の結合

拡大図。ヴァニロイド結合ポケットがオレンジメッシュ、コレステロールがブルーメッシュで示されています。SAF312によるTRPV1機能阻害に関わるコレステロールのTRPV1への結合に重要なアミノ酸が515番目のロイシン(L515)です。

この研究の社会的意義

今回の研究から、TRPV1チャネルの低分子阻害剤開発が進み、薬剤が患者さんに届くようになるものと期待されます。


【用語解説】
注1.?(オングストローム):1?=10?10m を示す長さの単位。
注2.分子動力学シミュレーション法(Molecular Dynamics Simulation):古典的な力場の下に、古典力学におけるニュートン方程式を数値解析による解くことで、注目する物質の時間発展を得て、系の動的過程(ダイナミクス)を解析する手法
【論文情報】
Structural basis of TRPV1 inhibition by SAF312 and cholesterol
Junping Fan, Han Ke, Jing Lei, Makoto Tominaga, Xiaoguang Lei
Nature Communications (2024年8月6日公開)
DOI: 10.1038/s41467-024-51085-3