学部?研究科?附属病院の歴史
学部?研究科?附属病院の歴史
薬化学教室での卒業研究
50年前の薬学部卒業生ですが、40年以上の長きにわたって有機化学に携わり、研究三昧の人生を楽しませていただきました。
薬学部2年次になって何をやろうかとあれこれ迷っていた頃、安江政一先生、本棚の裏のウナギの寝床で有名な榊原仁作先生や佐藤義朗先生の有機化学の講義を聞き、よしこれををやってみようと思い立ちました。出来の良くない学生でしたが、麻雀やパチンコで時間を使うことはやめ、有機化学だけを集中的に学習しました(なぜかビリーヤードだけは続けたように思います)。自宅で実験に必要なガラス細工も練習しました。有機化学は論理的な学問であるため、学習すればするほど、まるでゲームにのめり込むように、面白くなる学問です。創薬、薬と生体との相互作用、生命現象、これら全てを理解する基本が有機化学になります。有機化学を学習する際には、なんで?なぜ?と常に自問自答しながら進めてください。
3年次の頃、薬学展でネジキを展示(展示テーマは阿波藍だったと思います)。大学の近くに生えていたネジキの木を切って展示コーナーの入り口に飾ったまでは良かったんですが、薬化学教室(安江政一教授)の先輩から、あのネジキは最後まで残っていた一本だよと大いに叱られました。申し訳ないことをしたと反省しております。
ものすごい先輩(杉田稔氏、昭44年卒)が1年上にいるよ。学部生で既に、100冊ほどのシリーズになっている洋書オーガニックリアクションにどのようなことが記載されているのかが殆ど頭に入っている人だよ。この先輩は有事の際、他国からも招聘が掛かるような有機化学力を備えた研究者になりたいというすごい考えの憧れの的の人でした。今でもずっと尊敬しております。
小生は365体育投注薬学部、京都大学化学研究所、岐阜薬科大学、最後は徳島大学薬学部と度々居場所を変えました。岐阜薬科大学では合成薬品製造学教室(正木幸雄教授)の助教授として参加させていただきました。平成元年からの3年間という短い期間でしたが、古めかしい三田洞の校舎で研究に没頭できた充実した期間でした。自慢できる話ではないのですが、実は大学受験の際に岐阜薬科大学もチャレンジしていたのですが、きっぱりと断られました。学生として入学することは断られたんですが、不思議なことに教員としては採用されました。変な感覚です。当時余裕がなかったのでしょうか、講義ではこの話を学生さんにすることはなかったように思います。
有機化学は極めて面白い学問です。43年間に渡って有機化学を専攻し、ワクワク、ドキドキ感が連続して感じられる楽しい研究生活でした。分類すれば、研究バカになると思います。論文がIF(インパクトファクター)の高い雑誌に受理された場合には、いつも研究室での祝勝会を楽しみました。名市大薬学部の多くの学生さんにも有機化学を是非楽しんでいただきたいと思います。
薬化学教室での卒業研究
落合 正仁(昭和45年卒)